映画を観て語るだけだって、極上のエンターテイメントになるって話。
朝ザーザー降ってどうなるかと思いましたが現在やんでます、雨。
最近おかしいお天気、皆様いかがお過ごしでしょうか。
昨日は映画倶楽部でした。ラインナップは、
「マイ・インターン」
「ヤング@ハート」
「月に囚われた男」
「トゥルーマンショー」
「ドライビングミスデージー」
「繕い断つ人」
「カリガリ博士」
「地下鉄のザジ」
「忠臣蔵」
でした。
皆様それぞれの目線で語られる映画に、興味が湧いてきます。このディスカッションが面白い。
僕が紹介したのはカリガリ博士と地下鉄のザジ。
たまたま続けて観たので、より自分の好みが理解できました。
まずカリガリ博士は1919年のドイツのサイレント映画。
映画におけるドイツ表現主義の代表といえる作品で、セットは全部画家の描いた絵。
柱やドアやテント、全てが絵でその線を歪ませることや、屋外の設定をあえて屋内で照明を使って撮影すること、アイリスショットの多様等などで
心理的な緊張感を表現しています。
内容は、カリガリ博士という人が夢遊病者を使って殺人を起こすという話で淡々と流れていきますが、最後にどんでん返しがあるというお話。
地下鉄のザジは1960年のフランス映画。ヌーヴェルヴァーグの先駆けになったといわれる映画です。
シュルレアリスムでスラップスティックな映画。非現実的な描写とドタバタ劇で終始進んでいきます。
田舎から都会のパリに出てきて、地下鉄に乗ることを楽しみにしていた少女ザジ。
ストで地下鉄が運行していないところからドタバタが始まります。
美しい町並みと奇抜な描写は今観ても色褪せない素敵な映画です。
しかし僕の感想は、視覚的、聴覚的に訴えかけてくるザジよりも、淡々と語りかける(無声映画ですが)カリガリ博士のほうが心に響くということを感じます。
まあこればっかりは趣味嗜好ですのでどっちが優れてどっちが劣っているというものではありません。
しかし、古いものということで敬遠するのは良くないなあと改めて思います。
人間の本質なんて何千年前から変わっていないわけで。変わっているのは文明や映像技術だけ。
だとしたら、現代の人が100年前の映画を理解できないことはないと思います。
あなたもカリガリ博士、ぜひ。
ちなみに地下鉄のザジに目が行ったのは、幼少の頃に見た車田正美先生の「雷鳴のザジ」が頭にあったからなのは言うまでもありません。
と、この流れだかわかりませんが、次回の映画倶楽部は「モノクロ映画縛り」です。
モノクロ映画限定。しかも、カラーの時代になってから意図的に撮られたモノクロは認めません。(バーバー、シンドラーのリストなど。)
現代の映像技術に頼らない、誤魔化されない面白い映画が沢山あると思います。
ぜひこの機会に新たな価値観を見つけてください。
そして、すでにその面白さを理解している方は、その思いをここでぶつけてください。
そんな方のご参加をお待ちしております。
次回の映画倶楽部は10月26日(水)です。
最後に小話を。(世界の日本人ジョーク集より。)
ある酔狂な大富豪が言った。「もしも青いキリンを私に見せてくれたら、莫大な賞金を出そう。」
それを聞いたそれぞれの国の人たちはこんな行動を取った。
イギリス人は、そんな生物がいるのか徹底的に議論を重ねた。
ドイツ人は、そんな生物がいるのか図書館へ行って文献を調べた。
アメリカ人は、軍を出動させ、世界中に派遣して探し回った。
日本人は、品種改良の研究を昼夜問わず重ねて、青いキリンを作った。
中国人は、青いペンキを買ってきた。
ザッハトルテさんライブ10月7日です。
ザッハさんのために会場を埋めたい!
そしてケディは人が集まってくれるとザッハさんに思っていただきたい!
来てー!